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内海聖史
uchiumi satoshi


[ 略歴 ]
1977
  茨城県生まれ
1997
  多摩美術大学校友会奨学生
1998
  日本交通財団瀧冨士奨学生 副賞受賞
2002
  多摩美術大学大学院美術研究科修了
2003
  第6回 資生堂ADSP選出
第18回 ホルベイン・スカラシップ奨学生

[ 個展 ]
1999
  銀座小野画廊(銀座)
Gallery Qs(銀座)
2001
  G-ART GALLERY(銀座)
時限美術計画/T.L.A.P(表参道)
2002
  ART SPACE LIFE(青山)
朋矢SAITOギャラリー(恵比寿)
2003
  藍画廊(銀座)
2004
  MACAギャラリー(下北沢)

[ グループ展 ]
1996
  「第9回 Mix jamは見た」
 古河街角美術館(茨城)〜’01、’05
1997
  「日本国際パフォーマンスアートフェスティバル ニパフ‘97」
 東京芸術劇場
1999
  「作品展示」BLACK out(広尾)
「第3回 若き画家たちからのメッセージ展‘99」
 すどう美術館(銀座)
多摩美術大学校友会奨学生展「現場報告一九九九」
 ガレリア・セルテ(横浜)
「現代美術小品展」Keyギャラリー(銀座)
「第35回神奈川県美術展 入選」神奈川県民ホール
2000
  「フィリップモリスアートアワード2000 最終審査展」
 恵比寿ガーデンプレイス
「第11回 関口芸術基金大賞展」柏市民ギャラリー
「現代美術小品展」Keyギャラリー(銀座)
「第5回 Art公募2001企画作家選出展」
 sokoギャラリー(新木場)
「Gallery ART SPACE produce FRONTIERS Vol.21
 −気配の触感」Gallery ART SPACE(青山)
2001
  「第4回 エネルギー賞展 入選」TEPCO銀座館
「伊勢裕人・内海聖史・馬籠伸郎」
 世田谷区民ギャラリー(用賀)
「スウェーデン日本芸術交流プログラム/SJP」
 埼玉県立近代美術館
2002
  「第5回 エネルギー賞展 最優秀賞受賞」TEPCO銀座館
「CRAC Second 生存スケジュール」ギャラリー青羅(銀座)
「TAMAVIVANT2002−実景から−」
 多摩美術大学東棟ギャラリー
2003
  「The Tokyo Global Art 2003s in Korea」
 SAMSUNG PLAZA Gallery(韓国)
「Korea Japan Modern Art Festival 2003」
 Suwon Art Museum(韓国)
「CANCELLED」U.S.A バーモント Flynndog
「第6回 岡本太郎記念現代芸術大賞展」
 川崎市岡本太郎美術館(川崎)
「word works」U.S.A バーモント Flynndog
「Tokyo Global Art 2003」O美術館(大崎)
2004
  MOTアニュアル2004「私はどこから来たのか/
 そしてどこへ行くのか」東京都現代美術館
「Infans 1998~2003」SPACE−U(群馬)

[ 今後の予定 ]
2005
  「Gallery ART SPACE produce Collaborators Vol.46」
 Gallery ART SPACE(青山)
「VOCA2005」上野の森美術館

[ パブリックコレクション ]

  ミューザ川崎

「色彩の下」部分
2004年

「色彩の下」部分
2004年

「色彩の下」展示風景
2004年

「眼前の黒」
2003年

「頭上の色彩」
2002年

「頭上の色彩」
2001年

「頭上の色彩」
2001年

「立ち位置」
2001年
まなざしの諧調

今年(2004年)秋、下北沢のMACAギャラリーで開かれた個展のメインの作品として、内海聖史は高さ4メートル・幅17メートルの巨大な画面の絵画を展示した。画廊の地下2階のスペースの片側の半円の部分を、ほぼ覆うかたちの作品である。直径4センチほどの円が、緑を基調にしてさまざまな階梯の色彩で描かれており、それらが密集して、あるときは木々の葉叢を、あるときは眩い陽光の煌めきを思わせる。半円の画面に覆われた鑑賞者は、眼前の光景に溶け込み一体化するような思いに誘われ、陽の暖かさ、木の間を通る風やその葉ずれのざわめきをも感じるような気分に浸るのである。
この作品は『色彩の下』と題されている。またこれまでの内海の作品は、『頭上の色彩』あるいは『眼前の黒』などというタイトルがつけられている。「下」「頭上」「眼前」といった、位置や方向を指示する言葉は、おそらく、鑑賞者の身体、あるいは眼差しと、作品とがつくる空間的な関係を、作者が敏感に意識していることを示していよう。この関係性は、鑑賞者が画面のイメージを受け入れる際の心理的な特性を規定する。人間の前に単に壁として立つモダニズム絵画のようにではなく、内海の絵画がもっと細やかな襞(ひだ)をもって観る者の心理に触れてくるのも、このような空間の意識化の産物であるにちがいない。だから鑑賞者が光景と一体化するといっても、そこには、微妙で精妙な、眼差しの運動の諧調が孕まれているのだ。
そして、このような心理的な諧調を実現しているのが、絵画の技法に関する作者の鋭敏な感覚である。「色彩とは絵画とは何かと考えると、それは『絵の具』なのです」「絵の具というものが美しいから絵画は美しいのです」と内海は個展パンフレットに書いている。そこには、理想の絵画を実現するための、観念に頼らない、技法や素材に対する心地よいリアリズムの精神の風が吹いている。それにしても驚かされたのは、こうした大作が、巨大なアトリエではなく、六畳間の部屋で、190×85センチのパネル総計40枚の集積として描かれ、生み出されている、というのを聞いたときである。大切なのはもちろん技法であるが、それを支えているのは作者の(観念ではなく)構想力であり、そこに向けられた凝集力である、とやはり考えるべきなのであろう。
〜 倉林 靖/美術評論家