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 ウェブスカイドア 現代篇
 



1950
  岐阜県に生まれる
1968
  岐阜県立加納高等学校美術科を卒業
1971
  名古屋芸術大学彫刻科を中途退学
1972
  横浜・富士見アトリエBゼミを修了
1976
  ニューヨークに滞在
1986-87
  フランス文化賞の招聘によりマルセイユ、トロクで制作、展示
1999-2000
  文化庁特別派遣芸術家在外研修員としてリヨンに滞在


[ 個展 ]
1972
  ギン画廊(東京)
1973
  田村画廊(東京)
1974
  ときわ画廊(東京)
1977
  村松画廊(東京、同1984年)
1982
  ギャラリー手(東京、同1984年)
1985
  エスェズギャラリー[現・島田画廊](東京、同1989年)
1986
  秋山画廊(東京、同1988、'91、'95年)
1991
  島田画廊(東京、同1990、'99、2001、'03年)
1994
  ギャラリー・ところ(東京)
1997
  かわさきIBM市民文化ギャラリー(川崎)
2002
  タグチファインアート(東京)


[ 主なグループ展 ]
1971
  「京都アンデバンダン展」 京都市美術館
1972-75
  「Bゼミ展」 横浜市民ギャラリー
1976
  「今日の作家(空間)展」 横浜市民ギャラリー
1978
  「第12回日本国際美術展」 東京都美術館
1985
  「岐阜現況展 ― 戦後生まれの作たち」 岐阜県美術館(同1986年)
「間 ― 眞板雅文・古渡章・鷲見和紀郎」秋山画廊(東京)
1987
  「日本芸術祭 日本の過去と現在」
ヴィエイユ・シャリテ・センター(マルセイユ、フランス)
「3人展 ― 矢野・池ヶ谷・鷲見」ギャラリー・パッサージュ(トロワ、フランス)
「新しい彫刻」ボルト・ド・オーステルリッツ(パリ)
1989
  「日本の現代美術」エスパス・ヌーヴェル(カルカソンヌ、フランス)
1990
  「Facades Imageinaires」サン・ルイ・チャーチ(グルノーブル、フランス)
1992
  「現代美術への視点 ― 形象のはざまに」東京国立近代美術館、国立国際美術館(大阪)
1994
  「サントリー美術館大賞'94 ― 挑むかたち」サントリー美術館(東京)
「光と影 ― うつろいの詩学」広島市現代美術館
1995
  「視ることのアレゴリー ― 1995:絵画・彫刻の現在」セゾン美術館(東京)
1996
  「Aros de Lapa Project」リオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)
1998
  「Pacaembo Project」サンパウロ(ブラジル)
1999
  「第18回現代日本彫刻展」宇部市野外彫刻博物館
2000
  「ART TODAY 2000 PREVIEW」
セゾンアートプログラム・ギャラリー(東京)
「ART TODAY 2000 ― 3つの回顧から」セゾン現代美術館(軽井沢)
2001
  「椿会展2001」資生堂ギャラリー(東京、同2002、'03年)
2002
  「かたちの所以」佐倉市立美術館

WORK M-2 STOLICHNAYA
1984年

Many Rivers to Cross
1991年

untitled
1987年

「形象のはざまに」展示風景
1982年

「アート・トゥデイ 2000」
展示風景

2000年

The Rain
2001年

Veil-endless
1999年

エンドレス・ワルツ
2003年
鷲見和紀郎


先日、東京国立近代美術館の常設展示室に行ったとき、鷲見の作品を見ることができた。白い石膏の肌をもつ縦長のフォルムは、少し暗い空間にすくすくとのびていた。彼の仕事は、画廊回りをしていると周期的に見ることができる。といっても1年に1回だったりするのだが、そのワックスやブロンズのざらざらしたテクスチャーまたはグニャとしたフォルムは、記憶に残るものだ。なぜだろうか、立ち止まってみよう。
鷲見は、1970年代のはじめから制作を行なってきたが、主に金属の立体によって空間に働きかける展開をしてきた。80年代に入り、ワックスの作品が主流になると、展示スペースで直接制作をすることも多くなり、作品は大掛かりになっていった。一方、ブロンズで作る小品は手の中で暖められていたかのような、やさしい表情をもって生成された。
鷲見の代表作にヴェールのシリーズがある。それはワックスによる壁のような作品で、時に黄色や赤色のカーテンのような趣をもつ。このワックスが雨のようにしたたる下降していく動きを見せるなら、ブロンズや石膏の縦長の作品は上昇していく動きを感じさせるものが多い。見る者の導線はフォルムの簡潔さに誘導されるが、もっと大事なことは彼の作品がもつテクスチャーだろう。タラリと垂れたワックスの表情はある時間を封じこめている。それは制作の時間の痕跡だが、見る者の深層に働きかける作用をもっている。皮膜は深い記憶を包み込み、溶解させる。くるまれて溶かされる、そして再生される。作品から受ける時間の感覚、これこそ見る者の未知の感覚を開くアートの仕事であり、鷲見の表現するものでもある。

〜 三上豊/和光大学教授