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 ウェブスカイドア 現代篇
 



colony/self-portrait, 2000, 写真


1957
  宮城県生まれ
1982
  東京芸術大学大学院修士課程修了


[ 展覧会 ]
1985
  [JAPANESE CONTEMPORARY PAINTINGS] インド国立近代美術館 ニューデリー
1988
  [日本国尖端科技芸術展] 台湾省立美術館 台湾
1989
  [第9回ハラアニュアル] 原美術館 東京
1990
  個展 [(I was) drawing a face on the moon.] アルティアム 福岡
1991
  個展 [the lost half of the moon (and me).] ガレリア・キマイラ 東京
1992
  個展 [lost songs] コバヤシ画廊 東京
[SCIENCE ART EXHIBITION] セビリャ万国博'92日本館 セビリャ
1993
  個展 [治癒] ガレリア・キマイラ 東京
1994
  個展 [Healing] L. A. Artcore's Brewery Annex ロスアンゼルス
[IMAGES DU FUTUR '94] Old Port of Montreal モントリオール
1995
  個展 [NOAH2000 - 治癒] リアス・アーク美術館 気仙沼
個展 [治癒] ギャラリー日鉱 東京
1996
  個展 [治癒] かわさきIBM市民文化ギャラリー 川崎
個展 [治癒] インフォミューズ 東京
1997
  個展 [治癒] アートフォーラム谷中 東京
[ART IN TOKYO No.9〈私〉美術のすすめ] 板橋区立美術館 東京
[光をつかむ-素材としての〈光〉の現れ] O美術館 東京
1998
  個展 [colony] Newhouse Center Artist Access Gallery / Snug Harbor Cultural Center ニューヨーク
個展 [colony] ガレリア・キマイラ 東京
[光の記憶’98] ギャラリー・ラ・フェニーチェ 大阪
1999
  個展 [colony] アートフォーラム谷中 東京
2000
  個展 [colony] M. Y. Art Prospects ニューヨーク
[アートみやぎ] 宮城県美術館 仙台
[MEMORY / SPACE] ヨコハマ・ポートサイドギャラリー 横浜
2001
  個展 [colony] エキジビション・スペース 東京
個展 [colony] ギャラリー千空間 東京
[現代美術の手法6 / 光とその表現] 練馬区立美術館 東京
2002
  個展 [Adhesion/Replacement] M. Y. Art Prospects ニューヨーク
[ConversASIAN IN CAYMAN] National Gallery of the Cayman Islands 英国領ケイマン諸島
[立川国際芸術祭2002] 立川市シルバー人材センター 東京
2003
  個展 [接着/交換] ガレリア・キマイラ 東京
個展 [接着/交換] ギャルリー志門 東京
[BiCEPTUAL - EXPLORATIONS OF IDENTITY] Hammond Museum ニューヨーク
[第6回岡本太郎記念現代芸術大賞展]/特別賞受賞 川崎市岡本太郎美術館 川崎
[図鑑天国] 大阪成蹊大学芸術学部ギャラリーspaceB 京都



  作間敏宏 HP
http://www.ne.jp/asahi/moon.web/sakuma/
関連サイト
http://www.japandesign.ne.jp/HTM/CYBER-C/

接着/交換
2003年

passage
2003年

接着/交換
2003年

接着/交換
2003年

colony
2003年

colony
2002年

colony
2001年

colony
2000年
作間敏宏

作間敏宏の作品を基本的に一貫している主題は、生命である。それも、概念的に捉えられた生命ではない。そこでは、生命が世代を超え時間を貫いて受け継がれていくありさま、あるいは、様々な生命がひしめきあい蠢きあい重なりあうことでこの世界が成り立っているありさま、そうした生命の営みが、そのままの現実として示されているようなのだ。つまりその営みが、概念としてではなく、感情的・感覚的な「体験」として、ひとつの驚きとして、示されるのだ、といえるかもしれない。ひとは、そうした事実の前に立つとき、敬虔な感情を抱かずにはいられない。インスタレーション(仮設)、ないしはヴィデオ・インスタレーションという現代美術の形式が、概念的で、ジャンルとしての自己言及・自己表現を多分に含んでいるとすれば、作間の作品には、むしろ主題と密着した、名づけようのないひとつの営み、という感触を強く与えられる。それが、これらの作品に、いい意味で「現代美術的でない」雰囲気を与えているともいえるし、表現の本質的な強さを与えている、ともいえるだろう。
作間の作品は、アニミズム的な形態が発光しキネティックな運動をするものから出発し、近年では『治癒』『コロニー』『接着/交換』といった幾つかのシリーズ名で名づけられた、互いに関連性の強い幾つかの要素を組み合わせ変化させていく作品群が生み出されている。例えば、幾つもの数の電球を人間の個々の生命に見立て、系図として表わしたり、家具や室内、列車の中などでそれらが息づくありさまが表現される。あるいは膨大な数の日本人の名前をそのまま、あるいは暈してDNAの配列などに見立てて、額に入れたり映像で表現したり、あるいは名前を縫い込み消毒液を染ませたガーゼなどが堆積され並べられる。最近の『接着/交換』では、骨を暗示させる灰を入れた光る小瓶が幾つも並べられ、無数の線で接続された。同じシリーズの、様々な映画のシーンから採られた幾つもの人間の顔がぼやけて壁に映し出され、海中の微生物のように浮かんでは消えていく、という展示は、静謐で暖かく包み込むような空間が作り出され、とりわけ印象的な作品のひとつとなっていた。作間作品のこうした静かな営みは、今後も注視されていくべきであろう。

〜 倉林 靖/美術評論家