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大島成己
OSHIMA naruki


[ 略歴 ]
1963   大阪市生まれ
1988   嵯峨美術短期大学(現・京都嵯峨芸術大学)綜合美術研究所修了
2000   「Art-Ex」にてデュッセルドルフ市文化局の招待芸術家としてドイツで3カ月間の制作滞在。
2001-02   平成13年度文化庁在外派遣芸術家研修員
2001-03   ドイツ・デュッセルドルフ芸術アカデミー、トーマス・ルフ(Thomas Ruff)教室に在籍

[ 主な個展 ]
1991   インターフォームアトリエ/大阪
1992   シティギャラリー/神戸
1993   「イトーキアートプログラムvol.8大島成己」イトーキクリスタルホール/大阪
1994   シティギャラリー/神戸
ギャラリーVIEW/大阪
1999   複眼ギャラリー/大阪
2000   「ドイツにおける日本年“Naruki Oshima, Fotograph”」クンストラウム・デュッセルドルフ/ドイツ
2001   信濃橋画廊/大阪
2002   「Contemporary Art From Japan to Finland 2002」フィンランド美術家協会Gallery G/ヘルシンキ
「Reflections」Nomart Project space +Cube/大阪
2004   「夜の色」信濃橋画廊/大阪
「Reflections」Nomart Project space +Cube/大阪
2006   「Reflections-像としての色彩」Nomart Project space +Cube/大阪
「Reflections-Naruki Oshima」Galerie Heinz Martin Weigand/カールスルーエ、ドイツ
2007   Gallery White Room Tokyo/東京

[ 主なグループ展 ]
1989   「浮遊体-イマージュ空感」西武美術館つかしんホール/兵庫
「版から/版へ」京都市美術館
1990   「シガアニュアル‘90」滋賀県立近代美術館
1991   「現代美術’91-素材はいろいろ」徳島県立近代美術館
1992   「アートナウ’92」兵庫県立近代美術館
1993   「TOKYOまちだ国際版画展」町田市立国際版画美術館/東京
1994   「光と影—うつろいの詩学」広島市現代美術館
「現代の版画’94」渋谷区立松濤美術館/東京
1997   「思い出のあした」京都市美術館
2003   「第一回ロッテルダム国際建築ビエンナーレ」<オランダ人建築家ヴィール・アレッツ(Wiel Arets)と共同制作>
「City Scape」Galerie Heinz Martin Weigand/カールスルーエ、ドイツ
「TAMA VIVANT 2003 - とらえられたかたち」多摩美術大学/東京
2004   「第9回ヴェネチアビエンナーレ・写真部門 -Morphing Lights, Floating Shadows-」
イタリア館、及びアルセナーレ/ヴェネチア・イタリア
2005   「文化庁 “DOMANI 明日2005” 写真・版画部門」損保ジャパン東郷青児美術館/東京
2006   「現代日本の写真、風景の記憶/記憶の風景」国立国際美術館/大阪
2007   「Appearance:写真表現と現代空間の深層」代官山ヒルサイドテラス・ヒルサイドフォーラム/東京

[ パブリックコレクション ]
ノルドライン・ヴェストファーレン州文化科学省/ドイツ、国立国際美術館/大阪、徳島県立近代美術館、京都市美術館、町田市立国際版画美術館/東京、大阪府立現代美術センター、京都嵯峨芸術大学、名古屋芸術大学、同志社大学、(株)大林組


Reflections-0106
2006

Reflections-0606
2006

Reflections-in a scene of two plants
2004

Reflections-in a scene of bookshelves02
2004

Reflections-in a scene of three rooms
2004

Reflections-in a scene of ovals
2004

Reflections-in a scene of bookshelves01
2004

Reflections-Osaka 101
2002
「映像的な現実」の強度

大島成己の、近年の「Reflections」のシリーズは、都市風景のなかで、ビルのガラス窓に幾重ものイメージが映り込む様子を撮影したものだ。風景は錯綜して反映しあい、どれが実体のイメージなのか観衆にはもはや区別不可能となる。しかし全体の映像はきわめてシャープであり、遠近法的・幾何学的・合理的空間を示唆する。大島は、不要な人影や看板・サインなどを消去し、明度・彩度・色相などをデジタル的にコントロールする、と述べているが、あらわれてくる風景は、合成されたり捏造されたりしたものでなく、あくまで現実のものなのだ。こうして創り出されるこれらの作品では、合理的空間が非合理的空間になだれこみ、実体は浮遊する表層だけのイメージともつれあい、すべては色相と光の強度に還元される。
大島は、ある文章で、「映像的な現実の刹那的な奇妙さ」をあらわしたい、といっている。日常生活のなかでふと出会う、なんとも認識できずに解釈を拒む風景、それこそが映像の特質なのであり、「その強度をもたせて持続させること」をめざしているのだ、と。私たちは通常、視覚や聴覚によって知覚した要素を、脳内で綜合させひとつのまとまった「現実」を構築することによって、世界との整合的な関係をつくりだしている。大島が提示する視覚的なイメージは、整合的に構築される以前の、知覚世界の多様で豊かなありようを開かれたものにしておくための、ひとつの装置であるといえるだろう。
たとえばそれは多様な現実をそのまま並列的に示すヴィデオ・インスタレーション「Colors of Night」でも貫かれている問題意識である。いっぽう彼のそうした意識は、逆に、都市と建築の領域のほうから、現実把握の多様な可能性として注目されてきている。オランダの建築家ヴィール・アレッツとのコラボレーションによるヴィデオ・インスタレーション「Mobility」がロッテルダム建築ビエンナーレで発表されたこと(2003)、また大島の作品がヴェネツィア・ビエンナーレ建築展写真聞門に招待されたこと(2004)、写真家カンディダ・ヘーファーらとともに東京での『APPEARANCE:写真表現と現代空間の深層』展に招かれたこと(2007)、などがそれを示している。わたしたちの現実の認識のありようを脱構築して、通常の「現実感」に揺さぶりをかけるのが現代のアーティストの仕事だが、そうした揺さぶりが、建築や都市の成立に還流して現実自体を多様で豊かなものにしていくこと、こうしたアートが孕む可能性を、大島の現在の仕事は強く示唆しているように思えてならない。
〜 倉林 靖/美術評論家


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