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 ウェブスカイドア 現代篇
 



[ 略歴 ]
1945
  山梨県甲府市に生まれる。


[ 個展 ]
1972
  スルガ台画廊(東京)
1976
  ときわ画廊(東京)
1977
  藍画廊(東京)
1978
  藍画廊(東京)
1979
  田村画廊(東京)、藍画廊(東京)
1980
  ウエストベス・ギャラリー(名古屋)
1981
  フォトメディウム・アート・ギャラリー(ポーランド)
ギャラリーO・N(ポーランド)、田村画廊(東京)
1982
  ギャラリーK(東京)、藍画廊(東京)
1983
  藍画廊(東京)
1985
  ギャラレー宙(東京)、藍画廊(東京)
1986
  ときわ画廊(東京)
1990
  ギャラリー古川(東京)、ときわ画廊(東京)
1991
  Art Gallery えれんて(東京)
1992
  ギャラリー古川(東京)
「中山正樹ドローイング展」アート・ギャラリー環(東京)
1995
  秋山画廊(東京)
1999
  トキ・アート・スペース(東京)
2000
  トキ・アート・スペース(東京)、ギャラリー手(東京)
2002
  トキ・アート・スペース(東京)


[ 主なグループ展 ]
1972
  「第6回現代美術選抜展」セントラル美術館(東京)
1973
  「ニュー・ジオメトリック・アートグループ展」ミューラー・ギャラリー(ドイツ)
1974
  「日独合同国際展」京都市立美術館(京都)
1975
  「第11回現代美術日本美術展」兼京都美術館(東京)
1977
  「写真としての芸術・芸術としての写真展」はまのや画廊(東京)
1978
  「第12回現代美術日本美術展」東京都美術館(東京)
1979
  「美術その比重展」京都市立美術館(京都)
1980
  A WAY 「道」フォトメデュム・アートギャラリー(ポーランド)
「余白」カティヤ・ピサロ・ギャラリー(パリ)
1981
  「ルマン・アートフェスティパルII」ルマン市民ギャラリー(フランス)
「余韻」展 グリフォン・ギャラリー(オーストラリア)
「写真としての肖像・静物・風景」プラハ工芸美術館(チェコ)
1983
  「言葉から事場へ」横浜市民ギャラリー(横浜)
1984
  「現代美術5人展」かわさきIBM市民文化ギャラリー(川崎)
1988
  「現代美術としての映像表現」目黒区立美術館(東京)
「写真で語る」東京芸術大学芸術資料館(東京)
1989
  「写真とは何か、写真の150年展」チェコ国立美術館(チェコ)
「地・聞・余白=今日の表現から」埼玉県立美術館(埼玉)
1992
  「現代日本の版画と写真の展開」コンスタンツァ美術館(ルーマニア)
1995
  「線について ─ 不在のモダニズム、不可視のリアリズム」板橋区立美術館(東京)
1996
  さまざまな眼78「壁の向こうの聖ヨハネ」展 かわさきIBM市民文化ギャラリー(川崎)
「Art in Tokyo No.8 ─ 美術の内がわ・外がわ」板橋区立美術館(東京)
1998
  「MOTIVATION SAKURA」展 マーネス・スペース、プルノ美術館(チェコ)
「山梨の現代作兼たち展」山梨県立美術館(甲府)
2002
  「20世紀。美術は虚像を認知した」平塚市立美術鮨(神奈川県)
「コレクションのススメ展」カスヤの森現代美術館(横須賀)

「BODY SCALE」(H.N.S 2)
1996年

「BODY SCALE」
(ワッペン甲斐1)

1998年

「BODY SCALE」
(しかし・・・円)

1998年

「BODY SCALE」
(Gaiiery手ワッペン)

2000

「BODY SCALE」
(ストーカー)

2000年

「BODY SCALE」
(しかし・・・その時)

2000年

トキ・アートスペース個展会場風景1
2002年

トキ・アートスペース個展会場風景2
2002年
中山正樹

1960年代の終わりころ、中山正樹は彫刻を選び制作を始めた。いわゆる木を彫り刻むものだった。しかし、彫刻のボリューム感にもっと自分そのものを入れ込みたくなったのか、自分の身体を写真に撮り、大きく引き延ばしたその写真と木や鉄やロープを組み合わせるようになった。
1970年代の初め、もの派といわれる一群の作家がいた。それは今でいうインスタレーション(仮説作品)のはしりで、石や木といった素材にあまり手を加えず、石庭のように空間の中に設定するものだった。
中山の作品はそうした傾向とは少し違い、自分の行為を写真で見せつつ、それをものと組み合わせることで、舞台装置のように、シーンを構成するものであった。
その流れは、作品にアジアの遺跡や西洋の近代絵画の一部が引用されていても、日々よく目にするものや文字、ネオン管なども入ってきてもつづいている。中山が日々収集してきたイメージは、行為を記録した作家の身体像と重ねられている。その構成はいたってシンプルで、円や四角、三角といった基本的な構図の中にまとめられている。
中山が仕掛けたシーンから現われるのは、もの・身体像・基本的な構造といった三つの要素の重層からなるもので、それは私たちが持っている記憶の祖を刺激するものとなっている。具象絵画のように目の前に見えるものが語るのでなく、中山の物語は重奏のメロディーから生成されるのだ。その多くが色彩を排しているせいか、静かなものになっている。

〜 三上豊/和光大学教授


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