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 ウェブスカイドア 現代篇
 





[ 小林健二略歴 ]
1957
  東京新橋に生まれる


1984
  「UTENA」 (ガレリア・キマイラ / 東京)
「天体と意識」 (ギャラリー椿 / 東京)
1985
  「子実体形成」 (ガレリ・ヴォワイヤン / 静岡)
1986
  「姿なき翼」 (ギャラリー椿 / 東京)
「銀変性」 (ギャラリープリ・クレーイ / 東京)
1987
  ビデオ作品「ETAPHI」 (WAVE / 東京)
1988
  「アストラルの食卓」 (ギャラリー椿 / 東京)
1989
  「アレロパシー」 (ギャラリー椿 / 東京)
1990
  「離宮珀水」 (Gallery FACE / 東京)
「黄泉への誓(ウケヒ)」(Gallery FACE / 東京)
1991
  「BEYOND THE MANIFESTOー美術とメッセージー」
(水戸芸術館 / 茨木)*
「JAPANフェスティバル」 (リバティー / ロンドン)*
「夜と息」 (ギャラリー椿 / 東京)
1992
  「紫の安息-ASTEROID ATARAXIA-」
(オネビオン現代美術ギャラリー / 東京)
「色の博物誌・青−永遠なる魅力」
(目黒区美術館 / 東京)*
「蒼い蛹-COBALT CHRYSALIS,Far in the distance in pacific gravity-」 (三菱地所アルティアム / 福岡)
1993
  「星のいる室内-STELLA IN THE ROOM-」
(ガレリ・ヴォワイヤン / 静岡)
「余白の秘密-SECRET IN THE BLANKS-」
(松明堂ギャラリー / 東京)
「EXPERIMENT 1」 (ギャラリー美遊 / 東京)
「呼吸への同化-Assimilation with Respiration-」
(オネビオン現代美術 ギャラリー / 東京)
「封じられた日々-The days in past tense-」
(ギャラリー椿 / 東京)
1994
  「美術と博物展」 (福井県立美術館 / 福井)*
1998
  「IN TUNE WITH THE INFINITE-無限への同調-」
(Gallery IDEA / 東京)
1999
  「内と外-Inside and Outside-」
(富山県立近代美術館 / 富山)*
「惑星の記憶−6月7日物語−」 (Gallery IDEA / 東京)
「夜光結晶-Luciferite in Night-」 (Gallery AXIZ / 大阪)
2000
  「時の万華鏡」 (福井市美術館 / 福井)
「水晶の塔をさがしてー現代アートが開く「私」の世界」
(福岡市美術館 / 福岡)
「内景-Inner Scapes-」 (Galerie CAZUQUI / 福岡)
「プロキシマ;見えない婚礼」
(三菱地所アルティアム / 福岡)
「セファイドの水-CASCADE OF CEPHEIDS-」
(SPACE O,E,C. / 福岡)
「Christmas Presents」 (Gallery IDEA / 東京)
2002
  「TINY NIGHT」 (Gallery KAZUKI / 福岡)
2003
  「ひかりさえ眠る夜に」 (福井市美術館 / 福井)



  小林健二 HP
http://www.kenji-kobayashi.com
関連サイト
http://www.aoiginga.com

「PSYRADIOX (サイラジオ)」
1987年

「ヨモツカド」
1990年

「You are not alone」
1991年

「COBALT CHRYSALIS」
1992年

「SATURN RADIO STATION」
1993年

「EXPERIMENT 1」
1993年

「小林健二が作った結晶」
2003年

「ON A NIGHT WHEN EVEN LIGHT HERSELF SLEPT」
2003年
小林健二

小林健二の創作営為を貫いているのは、さまざまな物質素材の内部に深く沈潜しようとする態度である。彼は物質を知り尽くそうとし、その組成の秘密に分け入り、物質の心情に共感する。鉱物の結晶が、より純粋で完成された存在への憧憬によって、自らを成長させていくのだとすれば、彼は鉱物のその内的衝動に自己を沿わせ、物質の自己展開を実現させようとする。そこに、物質と精神との交流がはかられる。そこでこの物質への沈潜からは、さらに、物質の背後にある非物質的な、見えない世界と交流・交信したいという希いと憧れがたちあわられてくることになる。
見えない世界との交流への希いと憧れは、しかしながら、必然的に、わたしたちの死への、強い意識を生みだすだろう。わたしたちが物質的な存在であることをやめるとき、ないしは、まだこの地上に存在者として降り立っていなかったとき、わたしたちは何であるのか(あったのか)という問いが、見えない世界への憧れとともにうまれてくる。それは、わたしたちが何であるのか、どこから来てどこへ還っていくのか、という問いであり、この問いは、その反響としての、還るべき場所についてのおぼろげな予感を伴なっている。小林の作品が、受け取るひとに強い共感を抱かせるとすれば、それは、誰でもが持っているはずの、自分が属しているこの世界とそれを超えた世界に感じる痛切な憧れ、畏れ、慄きや震えが、作品と観る者を包む場を強く、しかしひそかに共振させるからだ。彼が創り出すものは、いわば、この世の物質の繊細さによってキャッチされた、あちら側の世界からの通信なのであり、この通信は観るひとの心にかすかに、だがはっきりと触れ、慎ましやかな、しかしとても大事な贈り物のように、そっと静かに置かれていく。
最近のインスタレーション「ひかりさえ眠る夜に」は、こうした彼方からの通信を、光の空間としてあらわしたものである。小林は、いま砥石の研究に没頭している、という。一個の砥石が自らの来歴を通じて語りかけてくる、微妙な震えとしての通信は、小林にとって、光が自己展開して創造された全宇宙の来歴にも共通する、ある実質的な内容を伴なっているのにちがいない。

〜 倉林 靖/美術評論家