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彦坂敏昭
HICOSAKA Toshiaki


[ 略歴 ]
1983年 愛知県豊川市生まれ。
2005年 京都造形芸術大学 情報デザイン学科 卒業

2007年 版画工房プリントハウスOM 研究生
2003年 蒼山会の創作研究補助制度で補助金を受ける。

[ 主な個展 ]
2008年
「第2回 shiseido art egg 彦坂敏昭展」資生堂ギャラリー(東京)
「ARCO 2008 solo project」Feria de Madrird (スペイン)
2007年
「ARTISTS ON BOARD ー2つの展覧会ー 岩熊力也 彦坂敏昭」TAMADA PROJECTS ART SPACE(東京)
2006年
「edit edition」stem gallery(大阪)
2005年
「物見の台」ギャラリーマロニエ(京都)
2004年
「闇の差し込む居場所」ギャラリー手(東京)

[ グループ展 ]
2008年
「MOTアニュアル2008 解きほぐすとき」東京都現代美術館(東京)
2007年
「41流展」ギャラリー手(東京)
2006年
「GEISAI #10」東京ビックサイト(東京)
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2006」十日町(新潟)
「花みずき街角誰でもアーティスト」深川資料館通り商店街(東京)
「ネズミ講展」maru gallery(東京)
2005年
「秘伝ディメンション展」テンポラリーコンテンポラリー(東京)
「コミュニケーションアート展」さいたまスーパーアリーナ(埼玉)
「《気》派展」ギャラリー手(東京)
「京都造形芸術大学卒業制作展」京都市美術館(京都)
「京都府美術工芸新鋭選抜展 〜2005 新しい波〜」京都文化博物館(京都)
2004年
「東京コンペ」丸の内ビルディング(東京)

[ 作家web-site ]
http://www.tohico.com


燃える家 No.07
2007

燃える家 No.05
2007

テサグリの図画 赤 No.58
2007

燃える家 No.09
2007

燃える家 No.03
2007

テサグリの図画 No.48
2006

テサグリの図画 No.64
2007

テサグリの図画 No.62
2007
イメージの消滅と再生

今日の絵画において、写真や、コンピュータで加工したイメージを、改めて油絵具で描く、という過程を経て制作されている作品は多いが、彦坂敏昭の作品ほど徹底して複雑な過程を経ている作品も珍しいのではないだろうか。
それは次のような過程である。「風景の写真(自分で撮ったものやネットからの画像)をコンピューター上で何度もエフェクトをかけ」、「次に、そのようにスカスカにした風景を銅版の上にシルクスクリーンで転写し」、「その銅版を腐食させ、凹んだ部分にインクを載せて紙に刷」る。こうして「元の輪郭をほとんど失った風景を下図とし、それを鉛筆やペンでなぞって」いく(※東京都現代美術館「解きほぐすとき」展パンフレットより)。これまでモノクロームの画面が多かった彦坂の画面は、最近では赤などの、水彩による鮮やかな色彩を獲得し、家や都市が燃えているような不穏なイメージをあらわすようになってきている。
写真やコンピュータ、版画技法によるイメージの機械的な変換(そしてむしろそこで行われるイメージの摩滅・消去)と、手描き的な描き込みの要素との、幾重にも重ねられる往復の過程は、周辺に溢れかえる「映像」に対して今日の私たちが抱いている無意識的なものを、やがて露わにしていくのかもしれない。作者本人が「テサグリ」と名付けることの多い彦坂の作品の最近作が、地図のような都市の肖像と、「燃える家」として表現されているのは、ある種、象徴的な出来事ではないだろうか。現代の「映像」の膨大な堆積は、そこから情報を手探りで集めるべき都市のイメージに集約され、あるいは情報の堆積により過熱し沸騰し発火する建築のイメージに集約される。こうした変換過程の行き着く先は、「映像」の自壊作用なのか、あるいは「映像」の消滅と再生のサイクルなのか。一見、「少年的」とでもいうのか、素朴に緻密で、自閉的な作業とも思える彦坂の制作に、しかし同時にイメージの黙示録というべき壮大な気配も感じてしまうのは、こうした理由からなのかもしれない。彦坂のイメージが今後どんな増殖作用を起こしていくのか、興味はつきない。
〜 倉林 靖/美術評論家