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 ウェブスカイドア 現代篇
 


袴田京太朗
Kyotaro Hakamata


[ 略歴 ]
1963
  静岡県浜松市に生まれる
1987   武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業
1994-95   文化庁芸術家在外研修員として渡米 ペンシルヴァニア州フィラデルフィアに滞在
1996-97   五島記念文化賞美術新人賞受賞による海外研修として、中国、チベット、ネパール他に滞在
    神奈川県在住

[ 個展 ]
1986
  武蔵野美術大学展示室 (東京)
1987
  かねこ・あーとG I (東京)
1988
  かねこ・あーとG I (東京)
1989
  かねこ・あーとギャラリー (東京)
1990
  ときわ画廊 (東京)
かねこ・あーとG I (東京)
1991
  ギャラリートランスメディウム (東京)
アルテクト大宮 (埼玉)
かわさきIBM市民文化ギャラリー (神奈川)
1992
  モリスギャラリー (東京)
ギャラリー西麻布アサクロス (東京)
1993
  ヒルサイドギャラリー (東京)
1994
  ギャラリー日鉱 (東京)
ギャラリー白 (大阪)
1995
  新宿パークタワーホール (東京)
1996
  ヒルサイドギャラリー (東京)
1999
  ヒルサイドフォーラム (東京)
2000
  ギャラリー白 (大阪)
ギャラリーGAN (東京)
2002
  ギャラリーαm (東京)
ギャラリーGAN (東京)
2005
  ガレリア・アビターレ (東京)

[ 主なグループ展 ]
1987
  「2人展」ギャラリーセンターポイント (東京)
1989
  「表層構築」ギャラリーαM (東京)
「架想モニュメント ’89」かねこ・あーとギャラリー (東京)
「7人の立場―それぞれの仕事」ハイネケン ビレッジ (東京)
1990
  「クロッシング ’90」かねこ・あーと G I (東京)
「モダニズムの三角測量―感覚的経験の拡がり」 ギャラリー古川 (東京)
「架想モニュメント ’90」かねこ・あーとG I (東京)
1994
  「Dialogue」ギャラリーNWハウス (東京)
「偽善者の魂」ギャラリーgen (埼玉)
「ドローイング展」ヒルサイドギャラリー (東京)
1995
  「偽善者の魂」Galeria Finalte (愛知)
「ドローイング展」ヒルサイドギャラリー (東京)
「TRIANGLE ARTISTS’ WORKSHOP」マルセイユ高等美術学校 (マルセイユ)
「PENNART/Faculty and Visiting Artist Exhibition」ペンシルヴァニア大学
マイアーソ ンホールギャラリー (フィラデルフィア)
1997
  「GALLERY ARTISTS ’97」Zギャラリー (ニューヨーク)
「偽善者の魂」川越画廊 (埼玉)
1998
  「VOCA ’98 現代美術の展望 ― 新しい平面の作家 たち」上野の森美術館 (東京)
「アート/生態系 ― 美術表現の『自然』と『制作』」宇都宮美術館 (栃木)
「代官山アートフェア」ヒルサイドギャラリー (東京)
2000
  「五島記念文化財団設立10周年記念グループ展」 (東京)
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000」十日町トリエンナーレセンター (新潟)
「プラスチックの時代 ― 美術とデザイン ―」埼玉県立近代美術館 (埼玉)
2001
  「未来を担う美術家たち『DOMANI・明日』展 2001」安田火災東郷青児美術館 (東京)
「第19回 現代日本彫刻展」宇部市野外彫刻美術館 (山口)
2002
  「東日本 ― 彫刻 39の造形美」東京ステーションギャラリー (東京)
「代官山アートフェア」ヒルサイドフォーラム (東京)
2003
  「KOREA INTERNATIONAL ART FAIR 2003」COEX /Indian Hole (ソウル)
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2003」十日町市 GSIクレオス (新潟)
「第18回平行芸術展/「あざやか」の構造」小原流会館エスパスOHARA (東京)
2004
  「memento mori 袴田京太朗の『奈落の水』と堀部安嗣の『伊豆高原の家』」法然院講堂 (京都)
「ART/ROOM 展-インテリアからの提案-」ヒルサイドギャラリー (東京)
「New Works 2004」川越画廊 (埼玉)
「FLAG SHIP 2004」東京国際フォーラム エキジビションスペース (東京)


左より 「地底人」
「大きさの異なる2つの球」
「タシルンポ」


左より 「Vessel・島の子供」
「ダリア」
「奈落の煙」


「奈落の水」

「実物大の犬」

「内臓山脈」

「燃える家」

「血族の柱」

「血族のカーテン」
知覚の背後にあるかたち

袴田京太朗は、通常彫刻にならないようなものを執拗に彫刻にし続けている、という印象を私は持つ。間(ま)や空洞を形態にすること、あるいは植物や生物、人間、物体の不可視の内部を可視化してみせること。飛行機や花のかたちを引き伸ばし延長させてできるかたち。電気コードやビーズなど変わった素材による小さな生物や物体の連鎖。しかしそれらがなお充分「彫刻」たりえているようにみえるのはなぜなのか。袴田が呼び出し形態化させるそれらが、私たちに「かたち」としての強いリアリティを感得させるからではないだろうか。
私たちがかたちをかたちとして直観するのはどのようにしてか、といえば、それは可視的な表面をみることと、その背後のありようを想像的に感得することによっている。私はそこで、確かトルストイが「幼年時代」だか「少年時代」だかに書いていた話を想い出す。この世界は自分が知覚しているからこそ存在しているのだというふうに信じたトルストイ少年は、道を歩いているときなどにときどきすばやく振り向いて、自分の知覚の裏をかいて背後のそこに無の闇が広がっていることを確かめようとしていたのである。見えているものの背後にそのものの延長を想定する常識的な考え方よりも、そこに無があると感じることのほうに、逆に、ものの存在についての鋭敏な感受性と想像力が内包されているとはいえまいか。「もの」の存在が成り立っているのは、在ることと無いことの確率が、在ることへと賭けるほうに奇蹟的に転んだ結果である。ありえたかもしれない背後の闇と無を想像することによって、ものが在ることの充溢性が逆照射されてくる。それはものの内部の空洞を想うことにもつながっている。
以上のような考えは、袴田が随所に残している制作ノート的な言葉を読んでいて浮かんだことだが、袴田のこうした文章は本当に素晴らしい。これらを読んでいると、現代の芸術作品を意義深いものにするのは、結局はまず現実に対する厳しく執拗な問いかけ、思考なのではないかという想いを強くする。もちろん作品も素晴らしいのだ。ただしそれらの作品は、それが内包する意味からして、観衆との安易な慣れ合いを拒否するものであり、作品と見る側との問いかけの往還のなかでその意味をじょじょに明らかにしていく態のものであるにちがいない。そうだとすれば、袴田の作品は、また「見ること」や「作品」の、私たち内部での制度的な問題にも触れるものだ、ということになるであろう。
〜 倉林 靖/美術評論家


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