藤本由紀夫は、いわゆる「サウンド・アート」というカテゴリーに含まれる作品を多く制作している作家である(本人は「サウンド・アーティスト」という名前は嫌っていて、単にアーティスト、美術家と称しているようだ)。彼ははじめ大学の音楽学科で電子音楽の研究者だったという、ユニークな経歴をもっている。その電子音楽に行き詰まりを感じていたところ、自宅でボーッとしていたら、シャープペンシルをカチャカチャやる音とか紙をめくる音とか、日常のなかの音のほうがよほど面白いことに気付いた。そこでまず手近にあったオルゴールを用いたサウンド・オブジェを制作しはじめた。オルゴールの爪の一部を折って、自分だけのオリジナルの音楽を鳴らす、とか、あるいは、オルゴールを皿の上に置いて音を増幅させたり、オルゴールの回転する部分を、ガラス玉を入れたガラスの筒にして、違った音響が鳴るようにする、といった具合の作品である。
藤本のさまざまな作品の根底には、私たちがふだん意識しない日常の知覚のありように、或る変化を施して、私たちの「知覚」そのものに焦点を当てさせようとする意図が込められている。私たちは本当は、雑多な環境のなかから知覚が特定の仕方で引き出してきたものを受取っているのであり、引き出し方が変われば、世界そのものや、世界に関する概念も、変わる。「EARS WITH CHAIR」と題されたシリーズでは、単に椅子に座って聴こえてくる音が、筒を通ってくるため空気の振動が加わるというそれだけで、変化し、同時に風景の見え方も劇的に変化するというものだが、上記のような考え方をよくあらわしている。こうした藤本の営みの範囲は、聴覚だけでなく、視覚、あるいは触覚や嗅覚などの五感の他の感覚、そして世界に(身体的に、あるいは感覚的に)関わる態度から、概念的・哲学的な領域にまで及ぶ。ある展覧会で彼が自作のオブジェ群を「哲学的玩具」と呼んだ所以である。
彼の近作のインスタレーション「+/−」は、ビートルズが残した213曲の楽曲をそれぞれ壁に設置された213台のスピーカーからエンドレスで同時に流し続けるという作品だが、音楽がかけあわされて一体化し無機質的なノイズとなり、観客はそこから引き出すことで個々の曲を改めて知覚する、というもので、これも彼の根本的な制作態度をよく表す作品であった。こうした藤本の作品群は、今日の世界が全面的なメディア社会であるという意味においても、私達にますます重要な問題を提起するものになっていくにちがいない。今後も彼の活動に知覚の焦点を絞っていかねばならない。